まどいまくり

まどいまくりながらも楽しい毎日にしたい母と娘のブログ

初めて親に逆らった日

私の転機。

それは初めて親に逆らって看護師になると決めた高校生の時だった。

 

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私は物心ついた時から親に支配され、喜怒哀楽の怒と哀を見せたら罰を受ける家庭に生まれ育った。

高校生の頃には「自分は家庭を持つことは無理だし、この家にはいられない。一人で生きなくてはならない。」と気付いていた。

一生自分で自分を養って行ける仕事を選ばなくてはならない。

 

更に両親からは「教師にならないなら大学には行かせない。」と言われていたので、自分の力で資格を取れる進路を考えなければならなかった。

大学には行きたかったが、どう考えても教師という仕事が自分に向いているとは思えなかったのだ。

 

そこで見つけたのが全寮制の看護学校

若さゆえの愚かさか、あの頃の私には傷付いた人の気持ちが分かるという自負があり、看護師は小学生の頃の憧れの職業でもあったので天職に思えたのだ。

 

公立の学校だったため寮費と授業料は格安。

いつでも家出できるように溜めていたバイト代もあったので、半ば勘当された様な形で受験し入学した。

 

いくら格安とはいっても高校時代のバイト代だけで生活できるわけが無く、ハードな勉強と実習をこなしながら週末はバイトをして何とか看護学校を卒業、正看護師の資格を取り、数年間は公立の総合病院で働いた。

人員不足でサービス残業は当たり前、体を壊す寸前だったが、ここで経験を積んでおけばその後の転職に有利だと思い何とか頑張った。

 

寮生活でクラスメイトと疑似家族のような生活をし、病院で様々な人と触れ合ううちに私ははっきりと両親の自分に対する扱いが不当であったことを確認した。

 

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実家にいた頃の私は両親が私に辛く当たるのは自分のせいだと思い込み必死で愛されようとしていた。

そして愛されない自分は人より劣っている、普通の生活も出来ないかもしれないと思っていた。

その間違いに気付いた時、自分も家庭を持てるのではないか、自分が親にされたかったことを自分が産んだ子供にしてあげることができるのではないかと思った。

それは産婦人科や小児科、心療内科等での実習の影響かもしれない。

初めて両親に逆らい看護学校に進学したあの時の私に「よくやった。」と言ってあげたい気持ちになった。

私は自己評価が大変低い人間だが職業選択は正解だった言える。

  

その後も両親からの呪縛からは逃れられず、そのせいで婚約破棄の憂き目にもあった。

しかしその後結婚し、私の子どもを両親が支配しようとしたり、怪我をさせた事をきっかけに疎遠になった。

もう私は一人ではなく自分の家族と仕事があった。

その事は私に大きな勇気をくれた。

 

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子供が生まれてからも週末の夜だけ夫に子どもを見てもらい電話健康相談の仕事をし、子どもが小学生になってからは病院に復帰した。

患者さんの辛さを思う時、看護師という職業が過去の傷を無駄では無い物にしてくれているように思えた。

そう思うと私の転機はつくづく親の反対を押し切って看護師になろうと決めた高校生の時だなぁと思う。

 

小学生の頃は仕事で淋しい思いをさせた子ども達もそれぞれ国家資格を取り、一人は看護師になった。

勝手な物だが現在、娘が看護師という仕事に押しつぶされないかと密かに心配してしまう自分がいる。

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